たぐいまれなる才能ゆえ、戦争に巻き込まれた天才たち

MIWAKO KOUMOTO

音大卒の元ピアノ教師&ピアニスト。現在は某企業の派遣社員として編集系の仕事をしながら、音楽雑誌のCDリリースやコンサートレポートのほか、ビジネスパーソン向けの情報サイト、大手製薬企業のオウンドメディアなどで執筆する兼業ライター。また、ライフワークとしてコーチングを学び、パーソナル・コーチとしても活動中。好きなものはクラシック音楽のほか、映画、ミュージカル、歌舞伎などのエンターテインメント全般。

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すぐれた頭脳や、他の人にはないユニークな発想で偉業を成し遂げる、いわゆる「天才」と呼ばれる人たち。しかしその並外れた優秀さゆえ、分かりあえる仲間も少なく、孤独を強いられたり、かつては国家間の争いに巻き込まれたりする人もいました。今回は彼らの偉業や、天才ゆえの苦悩を描いた作品をご紹介します。

世界最強の暗号「エニグマ」に挑んだ天才


douga ギャガYouTubeチャンネルより
 
第二次世界大戦中に、解読不可能と言われていたドイツの暗号機「エニグマ」の解読に挑んだ天才を描いたのが、2014年公開の映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』です。第87回アカデミー賞8部門にノミネートされ、脚色賞を受賞しました。イギリスがドイツに宣戦布告した1939年。主人公の数学者、アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)は、密かに集められたチェスの世界チャンピオンや言語学者、クロスワードパズルの天才などとともに、難解な暗号解読に挑みます。
 

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「エニグマ」の暗号は、毎日深夜0時に設定が変わり、朝6時には暗号化された通信を傍受しはじめるため、暗号解読に使える時間は、たった18時間しかありません。さらに暗号化のパターンは、156億通り。10人の人間が24時間働き続けても、すべての組み合わせを調べ終わるまでに2000万年もかかってしまうほどです。

そんな難題を解決するため、チューリングは、電気機械式の解読装置を仲間とともにつくることに成功しました。この成功により戦争終結が2年以上早まり、結果、1400万人以上の命が救われたとも言われています。また、この解読装置がのちのコンピュータの原型になりました。映画の中では、最初は自分の能力に自信があるあまり、仲間に対して高慢な態度をとったり、仲間にランチに誘われてもマイペースで研究を続けたりするチューリングが、ジョーン(キーラ・ナイトレイ)という理解者を得て、エニグマ解読に向けて仲間との絆を深めていく様子が描かれています。

しかし、これほどの功績を残したチューリングですが、戦時中の敵国の暗号解読という国家機密に関わっていたために、彼の功績が公になったのは、死後20年以上たってからでした。さらに、彼の不遇はそれだけにとどまりません。LGBTについての理解が進んだ今では考えられませんが、1885年から1967年まで英国法により同性愛は犯罪とされていたため、ゲイであったチューリングはわいせつ罪で有罪判決となりました。そして2年の服役をする代わりに、同性愛的嗜好を治療するための薬物治療として1年間のホルモン投与を余儀なくされたのです。映画では、そんな時代背景も描かれています。

誰にもできなかった偉業を成し遂げた天才ですが、このように、時代が彼に与えた試練は多かったと言えます。1954年に41歳で亡くなったチューリングは、死後、2013年にエリザベス女王により恩赦を受けました。

画期的な「ゲーム理論」を発見した天才


YouTubeムービー チャンネルより
 
1994年に「ナッシュ均衡」と呼ばれるゲーム理論でノーベル経済学賞を受賞したアメリカの数学者、ジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)。その半生を描いたのが、2001年公開の映画『ビューティフル・マインド』です。第74回アカデミー賞で作品賞、助演女優賞、監督賞、脚色賞の4部門を受賞しました。カーネギー工科大学に奨学生として進学し数学を学んだのち、プリンストン大学で博士課程を過ごしたジョン・ナッシュは、「独創的なアイデアで、この世を支配する真理を見つけたい」と、大学の授業にも出ず、論文も書かず、ひとりで研究に没頭していました。
 

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映画の中には「ナッシュ均衡」を思いつくまでのエピソードが出てきます。それはブロンドの美人を含む女子学生数人がバーに現れたときのこと。その場にいた男性はみんなブロンドの美人が本命だけど、全員がねらうと競争率が高くなるので、誰も声をかけません。みんながブロンド以外の女性をねらうことで、均衡を保ち、誰もが得をするのです。ナッシュはこの考えを、その場にいる人が誰も争わず協力もしない、非協力的なゲーム理論であるとして、教授に論文を提出しました。それがきっかけで、ナッシュは望んでいたウィーラー研究所への就職を果たします。

1953年、ウィーラー研究所のアナリストとしてチーム主任となったナッシュは、国防総省に呼ばれます。当時、すでに第二次世界大戦は終結していましたが、次の争いとして米ソでの冷戦が始まっていました。国防総省はモスクワから発信される無線を傍受しナッシュに暗号を解読させ、彼はみごとにソ連の侵入ルートを解明します。大学教授でもあったナッシュは、このころ、教え子のアリシア(ジェニファー・コネリー)と結婚。幸せな日々を過ごしますが、同時に、政府の役人だというパーチャー(エド・ハリス)から、敵国の暗号解読を強要され、精神的に追いつめられていきます。

常生活に支障をきたすまでになったナッシュは、医師に統合失調症だと診断されます。実は、パーチャーという人物も病気による幻覚。治療もむなしく彼の幻覚が消えることはありませんでしたが、プリンストン大学の学部長となったかつての同級生のはからいで、再び教壇に立つようになり、1994年にノーベル経済学賞を受賞するに至ります。映画のラストシーンでは、ノーベル賞の授賞式でナッシュがスピーチをします。数学しか頭にないように見える彼が、ただひとり温かな感情を向ける妻アリシアへ対して感謝を述べるシーンは、日とても感動的です。

もともと統合失調症の因子があったのだとしても、その症状が強くなったきっかけのひとつが国防省での暗号解読だったかもしれないと考えると、ナッシュもまた国家間の争いに巻き込まれた不幸な天才、と言えるかもしれません。

誰もが知っている天才と言えばこの人!


(c)2017 National Geographic Partners, LLC.
 
物理学の革命と言われた相対性理論を提唱したアルベルト・アインシュタインも、よく知られた物理学者です。時間は何にも干渉されることはなく一定の速度で流れ続けるという定説を覆す「一般相対性理論」、さらに光の速度に近づくにつれて感じる時間は遅くなるという「特殊相対性理論」を唱え、「現代物理学の父」「20世紀最大の物理学者」などとも呼ばれた彼。実は、上の2つの映画の中でも、アインシュタインの話題が出てきます。彼もまた、戦争に翻弄された天才でした。

このアインシュタインの人物像を描くドラマが『ジーニアス:世紀の天才 アインシュタイン』。第1話では、教師をしのぐほどの知識を持つ数学と物理が好きなアインシュタインの少年時代が描かれました。幼いころから言語障害があり、得意教科と苦手教科で習熟度の開きが大きかった彼は、実は大学受験に失敗しています(ただし数学と物理の点数は全受験者で最高得点)。しかしその後特例として、中等教育機関に通う条件付きで進学を許可されるのです。

このように若いころから型にはまらず、まさに天才そのものというエピソードを数々残しているアインシュタイン。彼がどのように、図らずも戦争の協力者となってしまうのかについては、ぜひナショナルジオグラフィックで放送されている『ジーニアス:世紀の天才 アインシュタイン』をご覧ください。

『ジーニアス:世紀の天才 アインシュタイン』はナショナルジオグラフィックにて毎週水曜よる20:00から放送中です!(詳細はこちら